牡象
UD 4.5: A Bull Elephant“Etaṁ nāgassa nāgena,
📖 現代語訳
このようにわたしは聞きました。
あるとき、ブッダはコーサンビーのゴーシタ園に滞在しておられました。そのころ、ブッダのまわりには男女の修行者たち、男女の信者たち、王や大臣たち、ほかの教えの修行者たちとその弟子たちが押し寄せていました。大勢にかこまれて、ブッダは窮屈で落ち着かない日々を送っておられました。
そこでブッダはこう考えました。「このごろ、男女の修行者たち、男女の信者たち、王や大臣たち、ほかの教えの修行者たちとその弟子たちがわたしのまわりに押し寄せている。大勢にかこまれて、窮屈で落ち着かない。一人きりで、みなから離れて暮らしてみてはどうだろう」
ブッダは朝早く衣をまとい、鉢と衣を持って、コーサンビーの町へ食べ物をいただきに出かけました。食事を終えて戻ると、自ら住まいを片づけ、鉢と衣を手に取り、付き添いの者にも告げず、修行者の集まりにも別れを告げず、ただ一人、連れも取らずにパーリレッヤカへ向かって歩き始めました。
やがてパーリレッヤカに着くと、ブッダは守られた林の中、聖なるサーラの大木の根もとに落ち着かれました。
さて、一頭の大きな牡象もまた、雄や雌、若い象や子象たちにかこまれて暮らしていました。ほかの象たちに踏み荒らされた草を食べ、自分が折った枝はほかの象たちに食べられてしまいます。泥で濁った水を飲み、水浴びのあとには雌象たちがぶつかってきます。群れにかこまれて、窮屈で落ち着かない日々を送っていました。
そこでこの牡象もこう考えました。「このごろ、雄や雌、若い象や子象たちにかこまれて暮らしている。踏み荒らされた草を食べ、自分が折った枝はほかの象に食べられてしまう。泥で濁った水を飲み、水浴びのあとには雌象たちがぶつかってくる。群れにかこまれて、窮屈で落ち着かない。一頭きりで、群れから離れて暮らしてみてはどうだろう」
こうして牡象は群れを離れ、パーリレッヤカへ向かい、守られた林の中、聖なるサーラの大木の根もとにおられるブッダのもとへやってきました。そこで牡象はブッダの世話をし、ブッダが過ごす場所の草木を片づけ、長い鼻を使って飲み水や体を洗う水を運んできました。
さて、静かに一人で過ごしていたブッダの心に、こんな思いが浮かびました。「以前のわたしは、男女の修行者たち、男女の信者たち、王や大臣たち、ほかの教えの修行者たちとその弟子たちに大勢かこまれていた。大勢にかこまれて、窮屈で落ち着かなかった。しかし今は、だれにもかこまれていない。一人きりで、心安らかに、くつろいで暮らしている」
そしてこの牡象の心にもまた、こんな思いが浮かんでいました。「以前のわたしは、雄や雌、若い象や子象たちにかこまれていた。踏み荒らされた草を食べ、自分が折った枝はほかの象に食べられた。泥で濁った水を飲み、水浴びのあとには雌象たちがぶつかってきた。群れにかこまれて、窮屈で落ち着かなかった。しかし今は、だれにもかこまれていない。踏み荒らされていない草を食べ、自分の枝をほかの象に食べられることもない。澄んだ水を飲み、水浴びのあとに雌象にぶつかられることもない。一頭きりで、心安らかに、くつろいで暮らしている」
そのとき、ブッダは自らの静けさを味わい、あの牡象の心の中を知って、心の底からこの言葉を述べられました。
轅のような大きな牙をもつ象と
偉大なるものとは
心が通い合う——
どちらもただひとり
森の中に喜びを見出すのだから
↑ あるとき、ブッダはコーサンビーのゴーシタ園に滞在しておられました。そのころ、ブッダのまわりには男女の修行者たち、男女の信者たち、王や大臣たち、ほかの教えの修行者たちとその弟子たちが押し寄せていました。大勢にかこまれて、ブッダは窮屈で落ち着かない日々を送っておられました。
そこでブッダはこう考えました。「このごろ、男女の修行者たち、男女の信者たち、王や大臣たち、ほかの教えの修行者たちとその弟子たちがわたしのまわりに押し寄せている。大勢にかこまれて、窮屈で落ち着かない。一人きりで、みなから離れて暮らしてみてはどうだろう」
ブッダは朝早く衣をまとい、鉢と衣を持って、コーサンビーの町へ食べ物をいただきに出かけました。食事を終えて戻ると、自ら住まいを片づけ、鉢と衣を手に取り、付き添いの者にも告げず、修行者の集まりにも別れを告げず、ただ一人、連れも取らずにパーリレッヤカへ向かって歩き始めました。
やがてパーリレッヤカに着くと、ブッダは守られた林の中、聖なるサーラの大木の根もとに落ち着かれました。
さて、一頭の大きな牡象もまた、雄や雌、若い象や子象たちにかこまれて暮らしていました。ほかの象たちに踏み荒らされた草を食べ、自分が折った枝はほかの象たちに食べられてしまいます。泥で濁った水を飲み、水浴びのあとには雌象たちがぶつかってきます。群れにかこまれて、窮屈で落ち着かない日々を送っていました。
そこでこの牡象もこう考えました。「このごろ、雄や雌、若い象や子象たちにかこまれて暮らしている。踏み荒らされた草を食べ、自分が折った枝はほかの象に食べられてしまう。泥で濁った水を飲み、水浴びのあとには雌象たちがぶつかってくる。群れにかこまれて、窮屈で落ち着かない。一頭きりで、群れから離れて暮らしてみてはどうだろう」
こうして牡象は群れを離れ、パーリレッヤカへ向かい、守られた林の中、聖なるサーラの大木の根もとにおられるブッダのもとへやってきました。そこで牡象はブッダの世話をし、ブッダが過ごす場所の草木を片づけ、長い鼻を使って飲み水や体を洗う水を運んできました。
さて、静かに一人で過ごしていたブッダの心に、こんな思いが浮かびました。「以前のわたしは、男女の修行者たち、男女の信者たち、王や大臣たち、ほかの教えの修行者たちとその弟子たちに大勢かこまれていた。大勢にかこまれて、窮屈で落ち着かなかった。しかし今は、だれにもかこまれていない。一人きりで、心安らかに、くつろいで暮らしている」
そしてこの牡象の心にもまた、こんな思いが浮かんでいました。「以前のわたしは、雄や雌、若い象や子象たちにかこまれていた。踏み荒らされた草を食べ、自分が折った枝はほかの象に食べられた。泥で濁った水を飲み、水浴びのあとには雌象たちがぶつかってきた。群れにかこまれて、窮屈で落ち着かなかった。しかし今は、だれにもかこまれていない。踏み荒らされていない草を食べ、自分の枝をほかの象に食べられることもない。澄んだ水を飲み、水浴びのあとに雌象にぶつかられることもない。一頭きりで、心安らかに、くつろいで暮らしている」
そのとき、ブッダは自らの静けさを味わい、あの牡象の心の中を知って、心の底からこの言葉を述べられました。
轅のような大きな牙をもつ象と
偉大なるものとは
心が通い合う——
どちらもただひとり
森の中に喜びを見出すのだから