バーヒヤへの教え
UD 1.10: With BāhiyaTayo bodhī ca huṁhuṅko,
📖 現代語訳
このようにわたしは聞きました。あるとき、ブッダはサーヴァッティーのジェータ林にある、アナータピンディカの僧院に滞在しておられました。
さて、そのころ、樹皮の衣をまとったバーヒヤという人が、海辺の町スッパーラカに暮らしていました。彼はそこで人々から敬われ、尊ばれ、崇められ、大切にされていました。衣服や食べ物、住まい、薬や看病の品々も供えられていました。
あるとき、バーヒヤがひとり静かに瞑想していると、ふとこんな思いが浮かびました。「わたしはこの世で悟りを開いた聖者のひとりか、あるいはその道を歩んでいる者のひとりに違いない」
すると、バーヒヤの前世での親族であった天の存在が、彼を思いやり、彼のためを願って近づいてきて、こう言いました。「バーヒヤよ、あなたは悟りを開いた聖者ではありません。悟りへの道を歩んでいるのでもありません。あなたには、悟りを開いた聖者になるための、あるいはその道を歩む者になるための修行の道がないのです」
「では、この世で悟りを開いた聖者や、その道を歩んでいる者とは、いったい誰なのですか」
「北の地方にサーヴァッティーという都があります。そこに今、あのお方が滞在しておられます。悟りを開いた聖者であり、この上なく目覚めたブッダです。そのお方こそ悟りを開いた聖者であり、悟りに至るための教えを説いておられるのです」
その天の存在に促されて、バーヒヤはすぐさまスッパーラカを出発しました。どこであれ一晩以上とどまることなく旅を続け、サーヴァッティーのジェータ林にあるアナータピンディカの僧院にたどり着きました。
そのとき、何人かの修行者たちが屋外で、心を落ち着けて歩いていました。バーヒヤは彼らに近づいて言いました。「みなさま、悟りを開いた聖者であり、この上なく目覚めたブッダは、今どちらにいらっしゃいますか。ぜひお会いしたいのです」
「バーヒヤよ、ブッダは食べ物をいただくために町に入られました」
するとバーヒヤは急いでジェータ林を出て、サーヴァッティーの町に入りました。そこで、ブッダが托鉢をして歩いておられるのを見つけました。そのお姿は人の心を打ち、見る者に深い感銘を与えるものでした。感覚は静まり、心は穏やかで、この上ない自制と落ち着きに達しておられました。それはまるで、よく調御された象のように、あらゆる感覚がしっかりと守られ、制御されていました。
バーヒヤはブッダのもとに歩み寄り、その足もとにひれ伏して言いました。「どうか、お方さま、わたしに教えをお説きください。どうか、聖なるお方、わたしに教えをお説きください。それはわたしの長きにわたる幸せと安らぎになることでしょう」
ブッダはこうおっしゃいました。「バーヒヤよ、今は時ではありません。わたしは食べ物をいただくために町に入っているところです」
二度目に、バーヒヤは言いました。「しかしお方さま、いのちがいつ危険にさらされるかわかりません。ブッダのいのちも、わたしのいのちも。どうか、お方さま、わたしに教えをお説きください。どうか、聖なるお方、わたしに教えをお説きください。それはわたしの長きにわたる幸せと安らぎになることでしょう」
二度目に、ブッダはおっしゃいました。「バーヒヤよ、今は時ではありません。わたしは食べ物をいただくために町に入っているところです」
三度目に、バーヒヤは言いました。「しかしお方さま、いのちがいつ危険にさらされるかわかりません。ブッダのいのちも、わたしのいのちも。どうか、お方さま、わたしに教えをお説きください。どうか、聖なるお方、わたしに教えをお説きください。それはわたしの長きにわたる幸せと安らぎになることでしょう」
「それならばバーヒヤよ、このように修行しなさい。『見たものにおいては、ただ見たものだけがある。聞いたものにおいては、ただ聞いたものだけがある。感じたものにおいては、ただ感じたものだけがある。知ったものにおいては、ただ知ったものだけがある』と。このように修行しなさい。このように修行したとき、あなたは『それによって』ということがなくなります。『それによって』ということがなくなれば、あなたは『そこに』ということがなくなります。『そこに』ということがなくなれば、あなたはこの世にも、あの世にも、その間にもいないのです。これこそが、苦しみの終わりです」
このブッダの短い教えによって、バーヒヤの心はたちまち、何ものにもしがみつくことなく、心の汚れから解き放たれました。
ブッダはバーヒヤにこの短い助言を与えると、そのまま立ち去られました。ところが、ブッダが去ってまもなく、子牛を連れた雌牛がバーヒヤに突進してきて、彼のいのちを奪ってしまいました。
やがてブッダはサーヴァッティーで托鉢を終え、食事のあと、何人かの修行者たちとともに町を出られました。そこでバーヒヤが亡くなっているのをご覧になり、修行者たちにこうおっしゃいました。「修行者たちよ、バーヒヤの遺体を引き取りなさい。寝台に乗せて運び、火葬にして、塔を建てなさい。修行者たちよ、あなたがたの修行の仲間がひとり、亡くなったのです」
「かしこまりました」と修行者たちは答え、ブッダのおっしゃった通りにしました。その後、ブッダのもとに戻り、こう申し上げました。「ブッダさま、バーヒヤの遺体は火葬にし、塔を建てました。彼は来世でどこに生まれ変わったのでしょうか」
「修行者たちよ、バーヒヤは聡明な人でした。教えに沿って正しく実践し、教えについてわたしを煩わせることもありませんでした。樹皮の衣のバーヒヤは、心が完全に安らいだ境地に至ったのです」
そしてブッダは、このことを深く理解され、そのときこの心からの言葉を述べられました。
「水も大地も、火も風も足場を持たない場所——
そこでは星も輝かず、太陽もその光を注がない。
そこでは月も照らさない、けれど暗闇もまた見当たらない。
そして賢者が、自らの智慧によって真の理解に達したとき、
形あるものからも形なきものからも、
楽しみからも苦しみからも、
その人は解き放たれるのです」
↑ さて、そのころ、樹皮の衣をまとったバーヒヤという人が、海辺の町スッパーラカに暮らしていました。彼はそこで人々から敬われ、尊ばれ、崇められ、大切にされていました。衣服や食べ物、住まい、薬や看病の品々も供えられていました。
あるとき、バーヒヤがひとり静かに瞑想していると、ふとこんな思いが浮かびました。「わたしはこの世で悟りを開いた聖者のひとりか、あるいはその道を歩んでいる者のひとりに違いない」
すると、バーヒヤの前世での親族であった天の存在が、彼を思いやり、彼のためを願って近づいてきて、こう言いました。「バーヒヤよ、あなたは悟りを開いた聖者ではありません。悟りへの道を歩んでいるのでもありません。あなたには、悟りを開いた聖者になるための、あるいはその道を歩む者になるための修行の道がないのです」
「では、この世で悟りを開いた聖者や、その道を歩んでいる者とは、いったい誰なのですか」
「北の地方にサーヴァッティーという都があります。そこに今、あのお方が滞在しておられます。悟りを開いた聖者であり、この上なく目覚めたブッダです。そのお方こそ悟りを開いた聖者であり、悟りに至るための教えを説いておられるのです」
その天の存在に促されて、バーヒヤはすぐさまスッパーラカを出発しました。どこであれ一晩以上とどまることなく旅を続け、サーヴァッティーのジェータ林にあるアナータピンディカの僧院にたどり着きました。
そのとき、何人かの修行者たちが屋外で、心を落ち着けて歩いていました。バーヒヤは彼らに近づいて言いました。「みなさま、悟りを開いた聖者であり、この上なく目覚めたブッダは、今どちらにいらっしゃいますか。ぜひお会いしたいのです」
「バーヒヤよ、ブッダは食べ物をいただくために町に入られました」
するとバーヒヤは急いでジェータ林を出て、サーヴァッティーの町に入りました。そこで、ブッダが托鉢をして歩いておられるのを見つけました。そのお姿は人の心を打ち、見る者に深い感銘を与えるものでした。感覚は静まり、心は穏やかで、この上ない自制と落ち着きに達しておられました。それはまるで、よく調御された象のように、あらゆる感覚がしっかりと守られ、制御されていました。
バーヒヤはブッダのもとに歩み寄り、その足もとにひれ伏して言いました。「どうか、お方さま、わたしに教えをお説きください。どうか、聖なるお方、わたしに教えをお説きください。それはわたしの長きにわたる幸せと安らぎになることでしょう」
ブッダはこうおっしゃいました。「バーヒヤよ、今は時ではありません。わたしは食べ物をいただくために町に入っているところです」
二度目に、バーヒヤは言いました。「しかしお方さま、いのちがいつ危険にさらされるかわかりません。ブッダのいのちも、わたしのいのちも。どうか、お方さま、わたしに教えをお説きください。どうか、聖なるお方、わたしに教えをお説きください。それはわたしの長きにわたる幸せと安らぎになることでしょう」
二度目に、ブッダはおっしゃいました。「バーヒヤよ、今は時ではありません。わたしは食べ物をいただくために町に入っているところです」
三度目に、バーヒヤは言いました。「しかしお方さま、いのちがいつ危険にさらされるかわかりません。ブッダのいのちも、わたしのいのちも。どうか、お方さま、わたしに教えをお説きください。どうか、聖なるお方、わたしに教えをお説きください。それはわたしの長きにわたる幸せと安らぎになることでしょう」
「それならばバーヒヤよ、このように修行しなさい。『見たものにおいては、ただ見たものだけがある。聞いたものにおいては、ただ聞いたものだけがある。感じたものにおいては、ただ感じたものだけがある。知ったものにおいては、ただ知ったものだけがある』と。このように修行しなさい。このように修行したとき、あなたは『それによって』ということがなくなります。『それによって』ということがなくなれば、あなたは『そこに』ということがなくなります。『そこに』ということがなくなれば、あなたはこの世にも、あの世にも、その間にもいないのです。これこそが、苦しみの終わりです」
このブッダの短い教えによって、バーヒヤの心はたちまち、何ものにもしがみつくことなく、心の汚れから解き放たれました。
ブッダはバーヒヤにこの短い助言を与えると、そのまま立ち去られました。ところが、ブッダが去ってまもなく、子牛を連れた雌牛がバーヒヤに突進してきて、彼のいのちを奪ってしまいました。
やがてブッダはサーヴァッティーで托鉢を終え、食事のあと、何人かの修行者たちとともに町を出られました。そこでバーヒヤが亡くなっているのをご覧になり、修行者たちにこうおっしゃいました。「修行者たちよ、バーヒヤの遺体を引き取りなさい。寝台に乗せて運び、火葬にして、塔を建てなさい。修行者たちよ、あなたがたの修行の仲間がひとり、亡くなったのです」
「かしこまりました」と修行者たちは答え、ブッダのおっしゃった通りにしました。その後、ブッダのもとに戻り、こう申し上げました。「ブッダさま、バーヒヤの遺体は火葬にし、塔を建てました。彼は来世でどこに生まれ変わったのでしょうか」
「修行者たちよ、バーヒヤは聡明な人でした。教えに沿って正しく実践し、教えについてわたしを煩わせることもありませんでした。樹皮の衣のバーヒヤは、心が完全に安らいだ境地に至ったのです」
そしてブッダは、このことを深く理解され、そのときこの心からの言葉を述べられました。
「水も大地も、火も風も足場を持たない場所——
そこでは星も輝かず、太陽もその光を注がない。
そこでは月も照らさない、けれど暗闇もまた見当たらない。
そして賢者が、自らの智慧によって真の理解に達したとき、
形あるものからも形なきものからも、
楽しみからも苦しみからも、
その人は解き放たれるのです」