もらった食べ物だけで暮らす修行者

UD 3.8: One Who Eats Only Almsfood

“Piṇḍapātikassa bhikkhuno,

📖 現代語訳

このように私は聞きました。あるとき、ブッダはサーヴァッティーのジェータ林にある、アナータピンディカの僧院に滞在しておられました。

さて、そのころのことです。食事のあと、食べ物をもらい歩いて戻ってきた何人かの修行者たちが、カレーリの木のそばの東屋に集まって座っていました。そこで、こんな話が持ち上がりました。

「みなさん、もらった食べ物だけで暮らしている修行者は、食べ物をもらいに歩いているとき、ときどき美しい景色を目にし、心地よい音を耳にし、良い香りをかぎ、おいしい味を楽しみ、快い感触に出会うことができます。人々から敬われ、尊ばれ、崇められ、大切にされながら食べ物をもらい歩くのです。さあ、私たちももらった食べ物だけで暮らしましょう。そうすれば私たちも、ときどき美しい景色を目にし、心地よい音を耳にし、良い香りをかぎ、おいしい味を楽しみ、快い感触に出会えるでしょう。私たちも人々から敬われ、尊ばれ、崇められ、大切にされながら食べ物をもらい歩けるでしょう。」

ちょうどそのとき、修行者たちのその話は途中のままになっていました。

やがて夕方になり、ブッダは静かなひとときから出て、カレーリの木のそばの東屋に行かれました。用意された座に腰をおろすと、修行者たちに話しかけられました。

「修行者たちよ、あなたたちは先ほど、ここに座って何の話をしていたのですか。どんな話が途中になっていましたか。」

修行者たちは、話していた内容をブッダにお伝えしました。

ブッダはおっしゃいました。「修行者たちよ、信じる心をもって家庭の暮らしを離れ、家なき修行の道に入ったあなたたちが、そのようなことを話すのはふさわしくありません。一緒に座るときには、二つのことのどちらかをしなさい。教えについて語り合うか、静かに黙って座っていなさい。」

そして、このことを深く理解されたブッダは、そのとき、心からの言葉をこのように述べられました。

「もらった食べ物だけで暮らす修行者、
自らの力で立ち、誰にも養われず——
心が揺るがないその人を、天の神々さえうらやむ。
ただし、名声や評判を追い求めているのでなければ。」