悟りのとき(第三)

UD 1.3: Upon Awakening (3rd)

“Yadā have pātubhavanti dhammā,

📖 現代語訳

このように私は聞いています。あるとき、ブッダは悟りを開いたばかりの頃、ウルヴェーラーのネーランジャラー河のほとりにある、悟りの木の根元に滞在していました。

そこでブッダは七日間、足を組んだまま動かずに座り続け、心が解き放たれた深い安らぎを味わっていました。七日が過ぎると、ブッダはその深い集中の状態から出ました。夜明け前の最後の時間帯に、ブッダは「物事が連なって起こる道すじ」を、順番に、そして逆の順番に、丁寧に心を向けて観察しました。

「これがあるとき、あれが生じます。これが起こることによって、あれが起こります。これがないとき、あれは生じません。これがなくなることによって、あれもなくなります。

すなわち――ものごとの真実が見えていない状態があるから、心の反応パターンが生まれます。心の反応パターンがあるから、意識が生まれます。意識があるから、心と体のはたらきが生まれます。心と体のはたらきがあるから、六つの感覚の入り口が生まれます。六つの感覚の入り口があるから、対象との接触が生まれます。接触があるから、感じる体験が生まれます。感じる体験があるから、渇望が生まれます。渇望があるから、しがみつきが生まれます。しがみつきがあるから、次の存在が生まれます。次の存在があるから、新たな生まれが起こります。新たな生まれがあるから、老いと死、悲しみ、嘆き、苦しみ、憂い、悶えが生じるのです。このようにして、この苦しみの大きなかたまり全体が生まれます。

ものごとの真実が見えていない状態が、すっかり薄れて何も残らず消え去ると、心の反応パターンが止みます。心の反応パターンが止むと、意識が止みます。意識が止むと、心と体のはたらきが止みます。心と体のはたらきが止むと、六つの感覚の入り口が止みます。六つの感覚の入り口が止むと、対象との接触が止みます。接触が止むと、感じる体験が止みます。感じる体験が止むと、渇望が止みます。渇望が止むと、しがみつきが止みます。しがみつきが止むと、次の存在が止みます。次の存在が止むと、新たな生まれが止みます。新たな生まれが止むと、老いと死、悲しみ、嘆き、苦しみ、憂い、悶えが止みます。このようにして、この苦しみの大きなかたまり全体が消え去るのです。」

そのとき、このことを深く理解したブッダは、心からの思いをこのように述べました。

「真剣に瞑想する求道者が
ものごとの真実をはっきりと見たとき
彼は悪魔の軍勢を打ち散らしながらそこに立つ
太陽が空を照らし出すように」