マーガとの対話
SNP 3.5: With Māgha概要
若者マーガが「施しの功徳を最大にするにはどうすればよいか」と尋ねます。ブッダは儀式の形式よりも、心の清らかさと与える相手の質が大切だと教え、本当の寛大さの意味を説きます。
Kālena tesu habyaṁ pavecche, yo brāhmaṇo puññapekkho yajetha.
📖 現代語訳
このように、わたしは聞きました。あるとき、ブッダはラージャガハの霊鷲山に滞在しておられました。
そこへ学生のマーガがやって来て、ブッダと挨拶を交わしました。丁寧な会話が終わると、一方に座り、ブッダにこう申し上げました。
「ゴータマさま、わたしは施す者であり、寄進する者です。気前がよく、布施に励んでいます。正しい方法で富を求め、その正当な富で一人に施し、二人に、三人に、四人に、五人に……十人に、二十人に、三十人に、四十人に、五十人に、百人にも、あるいはそれ以上にも施しています。このように施し、捧げて、ゴータマさま、わたしは多くの善い実りを得ているでしょうか」
「もちろんです、学生よ。施す者であり寄進する者であって、気前がよく布施に励み、正しい方法で富を求め、その正当な富で一人に施し、あるいは百人やそれ以上にも施す者は、多くの善い実りを得ます」
そこでマーガは、ブッダに詩で尋ねました。
「赤褐色の衣をまとい、家なく遍歴する
気前のよいゴータマにお尋ねします」とマーガは言いました。
「布施に励む在家の施主が、
善い実りを求めて供犠を行い、
ここで他の人々に食べ物と飲み物を施すとき、
その捧げものはどうすれば清められるのですか」
「布施に励む在家の施主が」とブッダは答えました。
「善い実りを求めて供犠を行い、
ここで他の人々に食べ物と飲み物を施すなら、
布施を受けるにふさわしい方々によって、成功するでしょう」
「布施に励む在家の施主が」とマーガは言いました。
「善い実りを求めて供犠を行い、
ここで他の人々に食べ物と飲み物を施すとき、
布施を受けるにふさわしい方とはどのような方か、
どうかわたしに教えてください」
「世界を何にもとらわれず遍歴し、
完成し、自制し、何も持たない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
すべての枷と絆を断ち切り、
調えられ、解放され、悩みなく、期待を必要としない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
すべての枷から解き放たれ、
調えられ、解放され、悩みなく、期待を必要としない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
貪り、怒り、迷いを捨て去り、
心の汚れが尽き、清らかな道を歩み終えた方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
その中にいかなる欺きも傲慢もなく、
心の汚れが尽き、清らかな道を歩み終えた方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
貪りを離れ、私心なく、期待を必要とせず、
心の汚れが尽き、清らかな道を歩み終えた方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
渇望の餌食にならず、
洪水を渡り、私心なく生きる方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に捧げなさい。
この世でもあの世でも、
いかなる存在への渇望もない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
欲望の楽しみを捨て、家なく遍歴し、
よく自制して、機織りの梭のようにまっすぐな方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
貪りから解放され、感覚が静まり、
蝕から解き放たれた月のような方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
穏やかで、貪りと怒りから離れ、
もはやどこにも行き先のない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
生と死を完全に捨て去り、
あらゆる迷いを超えた方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
自分自身を拠り所として生き、
あらゆるところで自由で、何も持たない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
『これがわたしの最後の生だ、もう次の生はない』と、
ここでありのままに知っている方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
真理を知り尽くし、瞑想を愛し、気づきを保ち、
目覚めに到り、多くの者の拠り所となった方――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に捧げなさい」
「わたしの問いは、まったく無駄ではありませんでした」とマーガは言いました。「ブッダは布施を受けるにふさわしい方について教えてくださいました。あなたこそがこれをありのままに知っておられる方です。まことに、あなたはこのことを理解しておられます。
布施に励む在家の施主が、善い実りを求めて供犠を行い、ここで他の人々に食べ物と飲み物を施すとき、供犠をどのように成就させればよいか、教えてください」
「供犠をなさい。そしてその際に」とブッダは答えました。「あらゆる面で心を澄ませなさい。供犠は、施す者が立つ基盤です。その上に立って、欠点を捨て去るのです。
貪りを離れ、怒りを捨て去り、
限りのない慈しみの心を育てなさい。
昼も夜も常に怠ることなく、
あらゆる方角にその限りない心を広げなさい」
「清められ、解放され、目覚めた者とはどのような方ですか。どうすれば自ら天の境地に行けるのですか。わたしは知らないので、聖者よ、尋ねられたからにはどうか教えてください。ブッダこそ、今日わたしが目の当たりにした聖なる方です。わたしたちにとって、あなたはまことに聖なる方に等しいのです。輝ける方よ、どうすれば天の境地に生まれ変わるのですか」
「三つの方法で供犠を成就する者は」とブッダは答えました。「布施を受けるにふさわしい方々によって、成功するでしょう。このように正しく施しに励む者は、天の境地に生まれ変わる、とわたしは言います」
このように語られたとき、学生マーガはブッダにこう申し上げました。「素晴らしいことです、ゴータマさま。素晴らしいことです。……今日からのち、命ある限り帰依する在家信者として、ゴータマさまがわたしを覚えていてくださいますように」
そこへ学生のマーガがやって来て、ブッダと挨拶を交わしました。丁寧な会話が終わると、一方に座り、ブッダにこう申し上げました。
「ゴータマさま、わたしは施す者であり、寄進する者です。気前がよく、布施に励んでいます。正しい方法で富を求め、その正当な富で一人に施し、二人に、三人に、四人に、五人に……十人に、二十人に、三十人に、四十人に、五十人に、百人にも、あるいはそれ以上にも施しています。このように施し、捧げて、ゴータマさま、わたしは多くの善い実りを得ているでしょうか」
「もちろんです、学生よ。施す者であり寄進する者であって、気前がよく布施に励み、正しい方法で富を求め、その正当な富で一人に施し、あるいは百人やそれ以上にも施す者は、多くの善い実りを得ます」
そこでマーガは、ブッダに詩で尋ねました。
「赤褐色の衣をまとい、家なく遍歴する
気前のよいゴータマにお尋ねします」とマーガは言いました。
「布施に励む在家の施主が、
善い実りを求めて供犠を行い、
ここで他の人々に食べ物と飲み物を施すとき、
その捧げものはどうすれば清められるのですか」
「布施に励む在家の施主が」とブッダは答えました。
「善い実りを求めて供犠を行い、
ここで他の人々に食べ物と飲み物を施すなら、
布施を受けるにふさわしい方々によって、成功するでしょう」
「布施に励む在家の施主が」とマーガは言いました。
「善い実りを求めて供犠を行い、
ここで他の人々に食べ物と飲み物を施すとき、
布施を受けるにふさわしい方とはどのような方か、
どうかわたしに教えてください」
「世界を何にもとらわれず遍歴し、
完成し、自制し、何も持たない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
すべての枷と絆を断ち切り、
調えられ、解放され、悩みなく、期待を必要としない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
すべての枷から解き放たれ、
調えられ、解放され、悩みなく、期待を必要としない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
貪り、怒り、迷いを捨て去り、
心の汚れが尽き、清らかな道を歩み終えた方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
その中にいかなる欺きも傲慢もなく、
心の汚れが尽き、清らかな道を歩み終えた方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
貪りを離れ、私心なく、期待を必要とせず、
心の汚れが尽き、清らかな道を歩み終えた方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
渇望の餌食にならず、
洪水を渡り、私心なく生きる方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に捧げなさい。
この世でもあの世でも、
いかなる存在への渇望もない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
欲望の楽しみを捨て、家なく遍歴し、
よく自制して、機織りの梭のようにまっすぐな方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
貪りから解放され、感覚が静まり、
蝕から解き放たれた月のような方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
穏やかで、貪りと怒りから離れ、
もはやどこにも行き先のない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
生と死を完全に捨て去り、
あらゆる迷いを超えた方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
自分自身を拠り所として生き、
あらゆるところで自由で、何も持たない方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
『これがわたしの最後の生だ、もう次の生はない』と、
ここでありのままに知っている方々――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に供物を捧げなさい。
真理を知り尽くし、瞑想を愛し、気づきを保ち、
目覚めに到り、多くの者の拠り所となった方――
善い実りを求めるバラモンは、
そのような方にこそ、ふさわしい時に捧げなさい」
「わたしの問いは、まったく無駄ではありませんでした」とマーガは言いました。「ブッダは布施を受けるにふさわしい方について教えてくださいました。あなたこそがこれをありのままに知っておられる方です。まことに、あなたはこのことを理解しておられます。
布施に励む在家の施主が、善い実りを求めて供犠を行い、ここで他の人々に食べ物と飲み物を施すとき、供犠をどのように成就させればよいか、教えてください」
「供犠をなさい。そしてその際に」とブッダは答えました。「あらゆる面で心を澄ませなさい。供犠は、施す者が立つ基盤です。その上に立って、欠点を捨て去るのです。
貪りを離れ、怒りを捨て去り、
限りのない慈しみの心を育てなさい。
昼も夜も常に怠ることなく、
あらゆる方角にその限りない心を広げなさい」
「清められ、解放され、目覚めた者とはどのような方ですか。どうすれば自ら天の境地に行けるのですか。わたしは知らないので、聖者よ、尋ねられたからにはどうか教えてください。ブッダこそ、今日わたしが目の当たりにした聖なる方です。わたしたちにとって、あなたはまことに聖なる方に等しいのです。輝ける方よ、どうすれば天の境地に生まれ変わるのですか」
「三つの方法で供犠を成就する者は」とブッダは答えました。「布施を受けるにふさわしい方々によって、成功するでしょう。このように正しく施しに励む者は、天の境地に生まれ変わる、とわたしは言います」
このように語られたとき、学生マーガはブッダにこう申し上げました。「素晴らしいことです、ゴータマさま。素晴らしいことです。……今日からのち、命ある限り帰依する在家信者として、ゴータマさまがわたしを覚えていてくださいますように」
💡 解説・ポイント
歴史的背景
ラージャガハの鷲の峰を舞台にしたこの経典で、バラモンの若者マーガはブッダに施しの効果的な方法を尋ねました。古代インドでは、祭祀で供物を捧げることが功徳を積む最も重要な方法とされていました。ブッダはこの考えを否定せず発展させ、物質的な供物よりも、清らかな心で誠実な人に施しをすることの方がはるかに大きな実りをもたらすと説きました。心のこもった小さな親切が、大きな儀式に勝ることもあるのです。
現代の私たちへのメッセージ
寄付や慈善活動をするとき、金額の大きさや見栄えを気にしがちです。しかしこの経典は、大切なのは「何を」「いくら」ではなく、「どんな心で」「誰に」与えるかだと教えています。見返りを期待しない純粋な気持ちで、本当に必要としている人に手を差し伸べること。それは大きな寄付でなくても、日常の小さな親切でも同じです。心のこもった行為は、その大小に関わらず、世界を少しだけ温かくする力を持っています。
📚 重要用語
Dāna施し・布施。物やサービスを他者に惜しみなく与えることです。Māghaマーガ。施しの正しい方法を真剣に学ぼうとした若者です。Dakkhiṇeyya供養に値する人。清らかな心で生きている人を指します。
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