目覚めのとき(その一)
UD 1.1: Upon Awakening (1st)“Yadā have pātubhavanti dhammā,
📖 現代語訳
このように私は聞きました。
あるとき、ブッダが目覚めを得たばかりのころのことです。ブッダは、ネーランジャラー河のほとりにある目覚めの樹のもとで、ウルヴェーラーに暮らしておられました。そこでブッダは七日のあいだ、足を組んだまま動くことなく座り続け、すべてから自由になった深い喜びを味わっておられました。
七日が過ぎると、ブッダはその深い集中の状態から出られました。そして夜の初めの時間に、ものごとがどのように連なって生じるかを、順を追ってていねいに心で見つめていかれました。
「これがあるとき、あれが生じる。これが起こることによって、あれが起こる。すなわち——ものごとの真実が見えていないことを条件として、心の反応が生まれる。心の反応を条件として、意識が生まれる。意識を条件として、心と体が生まれる。心と体を条件として、六つの感覚の入り口が生まれる。六つの感覚の入り口を条件として、世界とのふれあいが生まれる。ふれあいを条件として、快や不快を感じることが生まれる。快や不快を感じることを条件として、渇き求める心が生まれる。渇き求める心を条件として、しがみつくことが生まれる。しがみつくことを条件として、新たな存在が形づくられる。新たな存在を条件として、生まれることが起こる。生まれることを条件として、老いと死、悲しみ、嘆き、苦しみ、憂い、悩みが生じる。このようにして、この苦しみの大きなかたまりのすべてが生じるのだ。」
そのとき、このことを深く理解されたブッダは、感動のあまりこのような言葉を口にされました。
「熱心に静かに心を見つめる者に
ものごとの真実がありありと現れるとき、
そのすべての迷いは消え去る——
一つひとつのことと、その原因を見抜いたのだから。」
↑ あるとき、ブッダが目覚めを得たばかりのころのことです。ブッダは、ネーランジャラー河のほとりにある目覚めの樹のもとで、ウルヴェーラーに暮らしておられました。そこでブッダは七日のあいだ、足を組んだまま動くことなく座り続け、すべてから自由になった深い喜びを味わっておられました。
七日が過ぎると、ブッダはその深い集中の状態から出られました。そして夜の初めの時間に、ものごとがどのように連なって生じるかを、順を追ってていねいに心で見つめていかれました。
「これがあるとき、あれが生じる。これが起こることによって、あれが起こる。すなわち——ものごとの真実が見えていないことを条件として、心の反応が生まれる。心の反応を条件として、意識が生まれる。意識を条件として、心と体が生まれる。心と体を条件として、六つの感覚の入り口が生まれる。六つの感覚の入り口を条件として、世界とのふれあいが生まれる。ふれあいを条件として、快や不快を感じることが生まれる。快や不快を感じることを条件として、渇き求める心が生まれる。渇き求める心を条件として、しがみつくことが生まれる。しがみつくことを条件として、新たな存在が形づくられる。新たな存在を条件として、生まれることが起こる。生まれることを条件として、老いと死、悲しみ、嘆き、苦しみ、憂い、悩みが生じる。このようにして、この苦しみの大きなかたまりのすべてが生じるのだ。」
そのとき、このことを深く理解されたブッダは、感動のあまりこのような言葉を口にされました。
「熱心に静かに心を見つめる者に
ものごとの真実がありありと現れるとき、
そのすべての迷いは消え去る——
一つひとつのことと、その原因を見抜いたのだから。」